プロジェクトの目的

キク科は南極大陸を除く全ての大陸に分布する、被子植物最大の科であり、植物多様性研究において重要な位置を占める植物群です。キク科植物は、小花が集まってひとつの花のような花序(頭状花序)を持つなどの興味深い特徴を持っていますが、代表的なモデル種は確立していません。

広義キク属には、日本の切り花生産の1/3を占める、花きとして産業的に最も重要な栽培ギクをはじめ、古くから医薬品や香料などに用いられているヨモギ属(例えば抗マラリア薬として用いられているクソニンジン)や蚊取り線香の原材料として用いられている除虫菊など、重要な植物種が多く含まれています。

NBRP広義キク属は、東アジア地域に分布するキク属植物を中心に、キク連植物種を対象とし、国内外から収集した野生系統の収集・保存・提供を行っています。さらに、全ゲノムDNA塩基配列が決定されたキク属のモデル系統を開発するとともに、その系統を利用した分子遺伝学研究に適した実験系統の保存・提供を行っています。 そのような活動を通じて、キク属・キク科における多様性の分子的な理解・応用研究を含めたライフサイエンスへの貢献を目指しています。

 

 

リソースの利用

キク属モデルリソースとしてのキクタニギク

キク属の代表的な存在である栽培ギクは日本の切り花生産の1/3を占める、産業的に最も重要な花きです。栽培ギクの起源は古く、長年の間に人の手により変異が蓄積され、現在の様々な花色や花の形態を持つ品種が生み出されました。栽培ギクは同質六倍体である上、遺伝学的研究が困難であり、これまで遺伝学的な研究が行われることは稀でした。一方、野生ギクは、無舌状花系(Ajania group)、黄花系(Indicum group)、白花系(Makinoi group, Zawadoskii group)と4つのグループに分けることができますが、それぞれの分類群に二倍体種が存在します。これら二倍体種の利用は、野生ギクに見られる多様性の分子メカニズムの解明を可能とするだけでなく、栽培ギクの研究に基礎的知見を与えるものと期待されます。私たちは、二倍体種の中でもキクタニギク(Chrysanthemum seticuspe)をモデル系統として分子遺伝学的研究の基盤整備を進めています。キクタニギクは短日条件で開花し、筒状花(中央部分の小花)と舌状花(大きな花弁を持つ最外層の小花)からなる頭状花を着けるなど、栽培ギクと共通な特徴を多く持っています。特にキクタニギクで得られた開花制御に関する知見は、栽培ギクの開花制御の理解に大いに役立っています。形質転換系も確立しており、分子遺伝学的研究手法の適用が難しい栽培ギクのモデル系統としての活用が期待されます。

栽培ギク Chrysanthemum morifolium

 

キクタニギク Chrysanthemum seticuspe(Gojo-0)

 

キクタニギク自家和合性変異を利用したモデル系統Gojo-0の作出

キク属において遺伝学的解析が進まないもう一つの理由として、自家不和合性があります。自家不和合性種では、自らの花粉が受粉しても種子を形成することはないことから、二倍体種においても遺伝学的行いにくく、また、劣性の突然変異体を単離することが非常に困難になります。私たちは二倍体野生ギク・キクタニギクのコレクションから自家和合性系統AEV2を発見しました。AEV2は開花時に袋をかけるだけで種子を形成し、自殖した種子を得ることができます。この自家和合性は世代を超えても安定に伝達されます。

自家不和合性系統の実験系統としての大きな欠点は、遺伝的ヘテロ性が非常に高いことです。私たちは、この系統の自殖を繰り返すことで純系系統の作出を進め、キク属モデル系統Gojo-0を開発しました(Nakano et al., 2019)。

 

Nakano et al. (2019) A pure line derived from a self-compatible Chrysanthemum seticuspe mutant as a model strain in the genus Chrysanthemum. Plant Sci. 287:110174

  野生型(自家不和合性)      Gojo-0(自家和合性)

 

Gojo-0系統をプラットフォームとしたゲノム情報基盤の整備

Gojo-0は純系系統であることから全ゲノムDNA塩基配列決定にも適しています。キクタニギクのゲノムサイズは約3Gbとやや大きい部類に含まれますが、次世代シーケンサーによるロングリードシーケンスの手法を用いて、92%が9本の染色体に収束する高精度の全ゲノムDNA塩基配列を得ることが出来ました(Nakano et al., 2021)。得られた配列は同質六倍体の栽培ギクとよく一致することがわかり、キクタニギクは栽培ギクのリファレンスとして非常に有用であると考えられました。

今後、Gojo-0と全ゲノムDNA塩基配列情報をプラットフォームに、キク属の変異体コレクションのような分子遺伝学的な研究に資する植物体リソースや遺伝子発現データベースなどを構築していきます。

Nakano, M. et al. (2021) A chromosome-level genome sequence of Chrysanthemum seticuspe, a model species for hexaploid cultivated chrysanthemum. Commun. Biol. 4:1167  

 

キクタニギク染色体における遺伝子とレトロトランスポゾンの分布 

 

キク属における突然変異体・種間バリエーションの分子遺伝学的解析

Gojo-0は純系の二倍体系統であり、自家和合性であることから多くのモデル植物と同様に突然変異体の単離が可能です。また、Gojo-0とキクタニギク野生系統と交配することにより自然集団中に含まれる変異を顕在化させることも可能です。全ゲノム塩基配列情報を用いれば、ポジショナルクローニングも容易に行うことができます。

キク属は種間交雑容易が可能であることも大きな特徴のひとつです。形態的にはとてもキクとは思えないような種とも交配することができます。特に自家和合性のGojo-0は、種間に存在する極めて興味深い形質の違いについて遺伝学的に解析するために大変有用だと考えられます。

 

   shiboridama 変異体       albino1変異体 

 

ALBINO1 遺伝子のポジショナルクローニング