研究紹介 (植木龍也)

最終更新: 2024-03-28 (木) 10:26:38

1.ホヤ - 希少金属バナジウムを濃縮する動物

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 今から約110年前、地中海の生き物に魅せられて旅立ったドイツ人の化学者がいました。 マーチン・ヘンツェ博士です。

 博士はナポリの臨海実験所で当時の最新の分析法を用いて様々な海産生物に含まれる金属の量を調べました。白いこぶし大のホヤを採集し分析した結果、 彼はバナジウムという金属がホヤの血球に多量に含まれていることを発見したのです(写真:ナポリ湾とベスビオ火山)*1

 この発見以後、多くの生物学者や化学者がこの現象に興味を持って研究を続けてきました。日本におけるこの分野の先駆けである道端齊教授に誘われたことが、私の研究の出発点でした。

 道端教授は1970年代から、日本各地および世界各地のホヤに含まれるバナジウムなどの金属の量を調べました。その結果、マボヤやアカボヤにはほとんどバナジウムは蓄積されていないこと、腸性目(マメボヤ目)というグループのホヤに非常に多くのバナジウムが含まれていること、 を見つけました。ヒトは海水中の約10倍しか含まないのに対して、ホヤは10万倍から1000 万倍もの濃度で蓄積しています*2

2.ホヤとは?

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 ホヤは、主に浅い海にすむ無脊椎動物です。東北地方では「ホヤ貝」という名前で珍味として売られていますが,実は我々ヒトと同じ「脊索動物」というグループに属する高等な生き物です。日本で良く知られているのは食用になるマボヤとアカボヤの2種類ですが,世界中には約3000種類ものホヤが棲んでいます。写真のように非常にユニークな形をしています(写真:バナジウムボヤ)。

 これまで調べた限りもっとも高度に濃縮しているのがバナジウムボヤで、その1000万倍という濃縮係数は他の生物に類を見ないものです。このホヤは当時は和名がなかったのですが、その特徴であるバ ナジウムの濃縮にちなんでバナジウムボヤという名前が付けられました*3

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孵化直後の幼生はオタマジャクシ型をしています。ホヤの幼生は、数日間遊泳生活を送った後、海水中の岩などに固着して、成体型に変態します。成体は1年から数年の寿命がありますが、その間ずっと固着生活を送ります。ホヤは軟体動物である貝の仲間にもにていますが、分類学上は私たち人間と同じ脊索動物です(写真:ホヤの生活環)。

 その特徴を活かした分子発生学や生体防御機構の研究、そして神経系の解析が盛んです。わが国は、これらの研究で世界をリードしています。一方、高濃度のバナジウムを蓄積すること、セルロースを合成すること、出芽で増殖することは、他の動物ではあまり見られないユニークな性質であり、その研究も盛んに行われています。

3.バナジウムとは?

 バナジウムは、鉄や銅などと同じ金属の一種です。バナジウムは、工業的に価値の高い金属です。バナジウムは、鉄と混合することでそれを丈夫にしたり、超伝導の材料、あるいは、化学反応の触媒等に使われています。太陽光発電や風力発電などに組み合わせる大型の二次電池としての需要も増しています。

 高等動物においては、バナジウムの必須性がラットやニワトリで実験的に証明されていますが、本来の生理作用は未だ明らかではありません。人体中のバナジウム濃度は、鉄や銅などと比べるととても微量で、あまり研究は進んでいないです。

 それに対してホヤによるバナジウム濃縮は非常に高く、バナジウムの代謝経路や生理機能を明らかにするための格好のモデル生物として、研究が進んでいます。一方、石井らによって環形動物の一種エラコの鰓冠にも高濃度のバナジウムが含まれていることが報告され、これまでにバナジウムの高度濃縮が報告されている動物はこの2群のみです*4

なおバナジウムは糖尿病治療薬や抗寄生虫薬として研究は盛んに行われています。1985年にJohn McNeillらによって糖尿病モデルラットの血糖値を下げるインスリン様の薬理効果があると報告されて以降、種々の有機化合物錯体が開発され、臨床研究が進んでいます。

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 バナジウムはホヤの血球の中に蓄積されています。バナジウムを含むのは主に「シグネットリング細胞(SRC)」という細胞です。細胞の大部分を液胞が占めるため核や細胞質は周辺部にあり、顕微鏡で見ると指輪状の形をしています(写真:スジキレボヤの血球。矢印がシグネットリング細胞)*5。エラコの場合は,鰓冠の表皮細胞の液胞中に蓄積されていて、ホヤとは異なります。

4.研究の概要

 我々の研究は、道端および金森らによる1970年代から80年代にかけてのバナジウムの高精度な定量とバナジウムの存在様式の化学分析から始まり、1990年代の生化学・細胞生物学的研究、そして1990年代から2000年代にかけての分子生物的研究と進みました。選択的濃縮機構・バナジウムの還元機構・濃縮のエネルギー機構の3つに分けて、それぞれに関与するタンパク質や遺伝子の探索とその機能解析を精力的に行い、世界をリードしてきました。特に我々が発見した新規バナジウム結合タンパク質VanabinおよびVBPは、バナジウムを濃縮するホヤのみが持つユニークなタンパク質ファミリーであり、濃縮機構のカギを握ると考えています。関連する多くの遺伝子も単離して機能解析を進めており、これらの役割と相互関係の解析によってホヤによるバナジウム濃縮機構の全容解明が進みました。

 濃縮されたバナジウムはどのような生理的役割をもつのか、それはまだ明らかになっていません。一つの可能性は、生体内の酸化還元機構や電子伝達機構への関与です。我々の研究でVanabinが、NADPHの還元力を起点としてバナジウムを還元する還元酵素活性を持つことを明らかにしました。EST解析やマイクロアレイを用いた実験から、鰓および消化管でグルタチオン系の酵素群の遺伝子発現がバナジウム濃度と関連していることも見出しており、濃縮と還元およびエネルギー機構の相互関係が明らかになってきました。もう一つの可能性は、ホヤにユニークな性質である接着への寄与です。我々は接着に関わる微細構造の解析や接着物質の探索を進めています。その一方で我々は、あらためて幅広く可能性を探る目的で低バナジウム環境下でホヤを飼育したときの形態変化および網羅的遺伝子発現変動の網羅的解析を開始しました。

 海水中のバナジウム濃度は約35nMです。このような低い濃度のバナジウムを直接取り込む機構はいまだ見つかっていません。我々の研究で、鰓や腸に共生する細菌が、バナジウムを濃縮還元することがわかってきました。これら共生細菌が、第一段階の濃縮者として、ホヤによるバナジウム濃縮を助けているのではないかと考えています。

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5.研究トピックス

バナジウム結合タンパク質

 我々はスジキレボヤから濃縮機構のカギを握るバナジウム結合タンパク質(Vanabin1,2 , 3,4*6, およびP*7)の遺伝子を世界に先駆けてクローニングし、その組み換えタンパク質を用いてバナジウムイオンとの結合数と解離定数を得ました。さらに電子スピン共鳴法とNMRを用いた3D構造解析により、Vanabin2ではリシンとアルギニンが局在する部位(アミン:R-NH2)にバナジウムイオンが結合することを報告しました。また、スジキレボヤには6種類*8、カタユウレイボヤには5種類、バナジウムボヤには少なくとも2種類のVanabinが存在することを明らかにしたのに加えて、スジキレボヤのVanabin2遺伝子の重複と個体差に関する知見を得ました。 我々は、これらVanabinの生理的役割の解明に焦点を当てて高濃度かつ高選択的な金属イオンの濃縮機構の全容に迫りたいと考えています。

 バナジウムは海水中から鰓または消化管を通じて体腔液中に取り込まれ、最終的には血球の一種(バナドサイト)の液胞中に蓄積されます。その際、バナドサイトの細胞質中に存在するVanabin1,2,3,4は細胞内メタロシャペロンとして、またVanabinPは血液(体腔液)中でのバナジウム輸送を担うメタロシャペロンとして働くと考えられます。Vanabin相互間の金属の受け渡しや他のタンパク質との相互作用の生化学的解析を進め、Vanabinと相互作用する新規タンパク質VIP1の同定に成功しました。VIP1はマルチ遺伝子ファミリーを構成することがわかっていますが、その機能はまだ不明です。

 また、スジキレボヤの消化管から抽出されたバナジウム親和性タンパク質はグルタチオントランスフェラーゼGSTであり、海水からの取り込みの第一段階である消化管でのバナジウム濃縮・還元に関与する可能性を示しました*9

 Vanabinはスジキレボヤを含むマメボヤ目に属するホヤ類のみがもつ遺伝子ファミリーです。バナジウムを濃縮しないホヤ類およびホヤ以外の生物からは相同性の高い遺伝子は見つかっていません。どのようにしてホヤ類がVanabin遺伝子をもつようになったかは未だ謎です。

酸化還元反応とメタロシャペロンの機能解明

 バナドサイト特異的抗体を用いた研究から、バナドサイトにはNADPHを生産するペントースリン酸経路の酵素群が特異的に発現していることを発見しました。ペントースリン酸経路は還元物質NADPHを産生する経路です。最近の研究でVanabinが、NADPHの還元力をもとに、グルタチオン*10およびチオレドキシン*11の関与するカスケードによって五価バナジウムを四価に還元する新規のバナジウム還元酵素であることを我々は発見しました。この還元反応は調べた限りバナジウム以外の金属ではおこらないことから*12、ホヤがバナジウムを選択的に濃縮する鍵を握る酵素活性であると考えています。

 またカタユウレイボヤのマイクロアレイを用いた実験から,鰓および消化管でグルタチオン系の酵素群の遺伝子発現がバナジウム濃度と関連していることも見出しました*13。細胞内のバナジウム濃度の調節に、グルタチオン系が積極的に関与している可能性が示唆されます。

バナジウムおよびプロトンと硫酸の膜輸送体

 海水中ではバナジウムは五価の陰イオンV(V)として存在します。ホヤは鰓や消化管からV(V)を吸収し,最終的にはSRCの液胞中に三価V(III)に還元して蓄積します。液胞中には高濃度のプロトンと硫酸イオンが蓄積されています。V(III)は強酸性の還元状態でしか安定ではないので理にかなっています。この現象はバナジウム濃度の高いホヤに共通してみられ、濃縮細胞内のプロトン濃度とバナジウム濃度には正の相関関係があります。硫酸イオンはカウンターイオンとして必要であると考えられ、実際、その価数と存在比はリーズナブルです。エラコ鰓冠上皮の液胞においても同様のイオンの蓄積が確認されています。

 一般的に細胞内オルガネラのpHは液胞型ATPase(V-ATPase)によって能動的に制御されています。免疫組織学的研究および分子生物学研究により、ホヤのバナジウム濃縮細胞の液胞のpHもやはりV-ATPaseによって制御されていることが明らかになりました。一方、硫酸イオンの濃縮にはSlc13ファミリーのNa+依存性硫酸イオン輸送体が関与することがわかりました。海産無脊椎動物であるホヤは血球中のNa+濃度が高く、そのポテンシャルを利用して血漿中の硫酸イオンを血球中に能動輸送するモデルが有力です。この輸送体のKm値は1.75 mMであり,血漿中の硫酸イオン濃度は25 mMであることから生化学的に十分な輸送活性をもつと言えます。細胞質から液胞中へと硫酸イオンを輸送する輸送体は未同定です。

 バナジウムを輸送する輸送体としては、二価カチオン輸送性膜タンパク質Nrampがプロトンとのアンチポートによってバナジウムを輸送することを初めて明らかにしました*14。すなわち液胞中に蓄積されたプロトンがバナジウム輸送の駆動力となることを示しました。これら3つのイオンの共役的輸送・蓄積機構が明らかになりつつあります。

ゲノム、トランスクリプトーム、メタゲノム、共生細菌 SDG14

 次世代シーケンサーを利用する事で、格段に大量の塩基配列データを解読する事が可能になりました。沖縄科学技術大学院大学との共同研究で、スジキレボヤのゲノム解読、スジキレボヤ血球のトランスクリプトーム、ホヤの種間および組織間の比較メタゲノム解析を進めています。これまでの研究を補完し、全体像の解明へとつながる成果が出つつあります。

 ホヤの腸内細菌からバナジウム耐性をもつ菌株を単離しました。そのうちの2株は、高度にバナジウムを濃縮する事を明らかにしました*15。またバナジウム還元能をもつというデータも得つつあります。比較メタゲノム解析からも、バナジウム濃縮に関与するとみられる細菌株を得ています*16。ホヤの鰓には海水中の低濃度のバナジウムを取り込む能力をもつ細菌を見つけています。これら共生細菌株が、ホヤによるバナジウムの取り込みにいかに関与するか、海水中のバナジウムの循環にどのように関連するか、明らかにしたいと考えています。

生物の選択的金属結合能を利用した高選択的金属分離回収技術の開発 SDG12

 持続可能な社会を実現するために、必要な金属を安定的に得る技術あるいは工業廃液中の有害な金属を除去する技術が求められています。私たちは、スジキレボヤおよびバナジウムボヤのVanabin遺伝子を大腸菌内で発現させると、野生型の約10~20倍の銅および2倍のバナジウムを濃縮することを見出しました*17。これらの大腸菌株を金属アキュムレーターとして利用することは可能ですが遺伝子組換え体なので、オープンな環境での使用には制限があります。一方、上に述べたホヤの腸内細菌は自然界に存在する細菌であることから利用に関しての制限がなく、将来的に金属アキュムレーターとして使えるのではないかと考えています*18*19

 実際、実用化するにはコスト的な問題を解決しなければいけません。バナジウム以外にも金を濃縮する細菌や還元する細菌、ウランを濃縮する細菌などいろいろと報告されていますがいずれも実用化には解決すべき問題が残っているようです。

ホヤの接着機構と付着防止機構ーその二面的性質の解明と応用

 ホヤは海中で岩などの基質に強固に接着します。一方、多くのホヤでは被のうの表面に他の生物が付着しにくい性質があります。この相反する2面的な性質をになう因子の探索を進めています*20。付着防止機構については被嚢の表面の微細な構造と、被嚢が分泌する酸に着目した研究成果が報告されています*21。得られた成果は、医療や工業分野においても応用される可能性があります。すなわち新規接着物質の開発や生物付着防止物質(防汚コーティング)の開発につながる可能性があります*22

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*21 Hirose, Lambert, Kusakabe, Nishikawa. Zoological Science 14, 683–89,1997
*22 植木, 山口, 紙野. オレオサイエンス 2016 年 16 巻 11 号 p. 511-518